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気遣いに気が付けるアンテナ

りんごの写真って、どうしていつも頭から撮りたくなるんだろう、

と、ふと思い、

お尻?から撮ってみました。

案外かわいいものだ、と新発見でした。

 

 

 

深堀りすると、前回のblogと繋がる話。

いつか書こうと思っていたこと。

ある日、わたしが激しく落ち込んでいたときの友人の反応。

友人A→共感した上で、現実に引き戻す

友人B→ひたすら共感

友人C→無関心だけどメールは返してくれる

 

 

それぞれの性格や

わたしとの距離感、関係性の中で

ベストだと思う対応をしてくれたんですよ、きっと。

もしかしたら多少自意識過剰かもしれませんが、

そのときはそう思うことにしました。

 

三者三様すぎて

なぜだかちょっと笑えてきて

落ち込んでいる場合じゃないなぁという気持ちになりました。

 

 

 

自分の気持ちが落ちている時や

心の余裕がない時は、

周囲の気遣いに気が付ける力がとても弱るような気がします。

誰も私のことを心配していないんだ、

私は独りだ、

みたいな。

 

でも、もしかしたらそれは気遣った上でそっとしてくれているのかもしれません。

(落ち込んでいるときぐらいそんな風に思い込んでもいいような気がします。)

 

 

 

反対に、誰かが落ち込んでいるとき。

どうしてあげたらいいだろう、とすごく悩んだりするけれど。

でも正解なんてないのかも。

相手のために考えてあげているだけで

それは間違いではないから。

 

 

 

今、気持ちが落ちている人や

そういう人が周りにいる人に届いたらいいなと思い、

綴ってみました。

こうして文字に起こしてみると

周囲の自分への気遣いに感謝する気持ちが湧いてきます。

それに気が付けるアンテナ、

ちょっと自意識過剰気味に

もう少しピピピと張ってみようかな。