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ちょっとの気遣いとちょっとのしあわせ

 今日、いつものコンビニでいつものカフェオレを買ったら、春がついてきました♥。朝からしあわせな気持ちにさせてくれたのは、きっと目に見えないこのカップをデザインしてくれた人、それを採用してくれた人、作ってくれた人…ありがとうございます。

 カップなんて年中一緒でいいよ~と言う人がその中にいたら、きっとこの春カップは私の手元に届かなかったでしょう。そして、私が朝からしあわせを感じることもなかったかもしれません。

 売り上げ云々も、もちろんあるでしょう、それを一旦横において。カップを春を感じさせるものにして、少しでもお客様をしあわせにしたい!と思って作成してくれた、と思うと、その気遣いにまたしあわせを感じます。

 なんでも便利になって、なんでも効率化されて、なんでも機械化されている現代だからこそ、「ひと」にしかできないちょっとの気遣いが、誰かをしあわせにするのではないかな、と感じました。

 また、そのちょっとの気遣いを受信できるアンテナが自分にあるか?も大切なのかなと感じました。

 仕事や、家事や育児で頑張りすぎ・働きすぎていると、そんなことに気が付ける余裕がなくなってしまうことがあるから。

 

 先日、言葉の力についてお話しましたが、言葉以外にも私たちの日常には、誰かのちょっとの気遣いにあふれています。

 自動販売機のジュースが売り切れがつくことなくいつも補充されている、スーパーの積み重なったかごの1番上が取りやすいように傾けてある、コンビニでお釣りを渡すときにそっと手を添えて渡してくれる、そんな誰かのちょっとした気遣いに、ちょっとのしあわせを感じられる自分でいたら、毎日がもっと「しあわせ」になるのかも、なんて思います。

 

 あなたはいくつ、ちょっとの気遣いに気が付けていますか?(^_-)-☆